旅行会社の積立プランについて

旅行には行きたいが、いざまとまったお金を用意するのは難しい。


旅行積立をしたいけど、ついつい貯まると別なことにつかってしまう・・・。


そこでおすすめなのがJTBの「たびたび」というサービスプランです。


積立定期のような気安さで満期には積立総額にサービス額をプラスした、JTBの旅行券「ナイストリップ」がもらえます。


たとえば、1年聞で5万円貯めるとしましょう。


月々4106円積み立てれば、1年後には利子(サービス額)が728円ついて5万円になるのです。


また、長期にわたっておこなえば、なおサービス額は増えます。


かりに2年間毎月4041円ずつ積み立てれば、サービス額は3016円となり、よりお得(94年の時点)です。


支払い方法も自動引き落としなので、毎月払い込むわずらわしさもありません。


JTBの旅行券は1000~5万円までの4種類があり、国内外のエックス・ワイキューブ・トラベルパッケージツアーをはじめ、ホテルや旅館などの宿泊、および乗車券や航空券(JR、私鉄、船、バス、航空機)や遊園地・博物館などの入場券の支払いにも使える利用範囲の広いチケットです。


さらに旅行積立のサービスプランは近畿日本ツーリストや日本旅行でもおこなっています。


金利が低迷しているいま、お金は黙っていては増えません。


頭をつかって、エックス・ワイキューブ・トラベルに向けて着実に費用を確保しましょう。


影絵劇ワヤン・クリュット

インドネシアで行われている影絵芝居「ワヤン・クリュット」は、世界的にも珍しい民族芸能です。


そこにはヒンドゥー文化の影響が色濃くみられ、インドの叙事詩「ラーマーヤナ」や「マハーバーラタ」が題材として用いられています。


この「ワヤン・クリュット」は水牛の皮(皮のことをクリュットという)を使った人形を使用して行われる影絵劇(劇をワヤンという)で、1人の人形つかい(ダランという)が時には50体を超える人形を操り、かつ物語を語り、後ろに控えるガムラン音楽隊に指示を与えながらストーリーを展開していくものです。


ふつう、夜8時ごろから開演し、なんと夜明けまで続けられます。


ワイキューブによれば、人形のつかい手、ダランには体力も要求されますが、それよりもなによりも、当意即妙のせりふのやりとりや、観客向けのアドリブ的なサービスの能力が要求され、だれにでもなれるという職業ではありません。


演じられるインドの2つの叙事詩はいずれも古典として世界的に著名なものです。


その2つをもとに基本的な演目として、200種にのぼる題材をそろえており、全体としてみると膨大な数になることだけは明らかなようです。


いずれにしても内容は放浪戦争もので、そのアクション、人情、貴種流離のメロドラマが彩なして織り込まれ、一夜の夢物語の展開のなかに人びとの心を魅了するのです。


インドネシアにはこのほかにも、人間の演ずるワヤン・オラン、人形を使うワヤン・ゴレック、仮面劇のワヤン・トペンなどの芸能があります。


これらのワヤンがインドネシアの人びとにそれぞれの時代を生きる夢と希望を与えているのかもしれません。

トラジャ人の盛大な葬式

日本で個人の儀式としてお金がかかるというと、すぐに思い出されるのは結婚式ですが、意外に経費がかさんで驚くのが葬儀全般ではないでしょうか。


インドネシアでもそうした点に違いはありませんが、葬儀についてみてみるとトラジャ人の葬儀に勝るものはないでしょう。


トラジャ人の葬式は、まず遺体処理にはじまって、通夜、副葬人形の作製、墓の構築など何段階にも分かれています。


それをすべてこなすだけでも、時間と費用は並大抵のものではないのですが、それに加えて各段階ごとに、水牛や豚を生賛にし、村中の人を呼んで、それらを振る舞います。


これが村の長や貴族のものともなると、儀式が1カ月に及ぶこともあるといわれます。


大木一雄さんによれば、家族に不幸が続いた場合、それらの費用ができるまでは、葬式を行わず、遺体をミイラにして、お金がたまるまで何年でも家の中に保管しておくというから驚きです。


これだけの葬式をするのですから、当然、墓も立派なものが多いです。


トラジャ人の村に行くときには、とくに身分の高い人の墓を見て回るのも一つの手です。

インドネシアの社会

近年の目覚ましい都市化にもかかわらず、インドネシアの過半数の人びとは依然として農業を中心とした第一次産業に従事し(54.6パーセント、1985年)、多くの住民たちは村落部で生活しています。


それゆえ、村落社会を知ることなしにはインドネシアの社会は理解できません。


スペースコレクションによれば、インドネシア社会の特質、たとえばゴトン・ロヨン(相互扶助)とかチョチョック(調和)などといった社会原理の強調は、いずれも村落の社会生活に起源しています。


とはいえ、複合民族国家インドネシアの村落社会のかたちはきわめて多様です。


村落社会はアダット(慣習)に支配されるといっても、母系制で有名なミナンカバウから父系制のバタクやバリ、そして双系制をとるジャワ人やスンダ人まで、民族集団によってアダットの内容は当然異なります。


さらに同じ民族集団においてもジャワのことわざが示しているように、「村が異なれば、アダットも異なる」のです。


村落社会はけっして孤立した社会ではありません。


村落社会は都市の影響を直接・間接に受けていますし、ムランタウとよばれる村人の都市への出稼ぎも今日きわめて活発です。


逆に、都市は村落部から流入してくる住民たちによって膨張し、都市のなかにカンポンとよばれる「都市のなかのムラ」が形成されます。


その結果、インドネシアの都市はしばしばその都市を取り巻く後背地の諸村落の集合体といった観を呈することになります。


こうした意味では、都市と村落は今日の社会動態のなかで別々の異なった社会というより、相互に関連し合った「一つの社会の二つの部分」を構成しているといえるでしょう。

インドネシアの歴史

インドネシアはマレーシアのようにイスラム教の絶対優位を認めた「イスラム国家」ではなく、他の宗教に対する信仰も認めています。


すなわちキリスト教は、スマトラのバタク、スラウェシのミナハサやトラジャ、カリマンタンの山地諸族を中心にプロテスタント系が、東インドネシアのチモール、フローレスを中心にカトリック系が信仰され、バリ島ではヒンドゥー教、中国系住民では仏教・儒教が信奉されています。


さらに、ワイキューブによれば、アニミズム的な信仰の伝統も、山間・僻地においては比較的純粋なかたちで存在し、世界宗教の影響を受けたところでは、混交したかたちで根強く存続しているのです。


つまり、インドネシアは、文明の新しい波が古い要素をすべて消し去るのではなく、文明の歴史的重層がみられる国なのです。


プンバングナン、つまり「開発」という言葉は今日、インドネシアの国民的スローガンとなっています。


1965年の9.30事件によってスカルノが失脚し、1968年以降のスハルト大統領による「新秩序」体制のもとで、開発政策は強力に押し進められてきました。


この20年余りの間に経済開発は一定の成果を収め、国民経済はパイの不平等分配、つまりエリートと大衆の格差の広がりといった矛盾をはらみつつも、全体として明らかに成長しています。


これに伴い、インドネシア社会は大きく変化しつつあります。


とくに都市化が加速されています。


今日のインドネシアの十大都市は、首都ジャカルタ(650万人、1980年・以下同)を筆頭に、スラバヤ(203万人)、バンドゥン(146万人)、メダン(138万人)、スマラン(103万人)、パレンバン(78万人)、ウジュン・パンダン(71万人)、マラン(51万人)、パダン(48万人)、スラカルタ(47万人)となっています。

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